ロシアのウクライナ侵攻以降、冷戦およびポスト冷戦期に比較的安定していた世界秩序は、大国間の対立激化により揺らいでいる。現在、各国家が紛争の正当化を試みる際、かつての戦争記憶を自国に都合よく政治利用する事例が後を絶たない。こうした「記憶の戦争」の激化を分析する上で、冷戦期・ポスト冷戦期に醸成された戦争の記憶は極めて重要な要因である。
一方で、グローバル化の進展に伴い、かつては地域や国家の内部で閉じられていた「集合的記憶」が国境を越えて相互に影響しあい、林志弦が『犠牲者ナショナリズム』(2022)で指摘する「世界的な記憶の構成体」を形成する傾向も顕著である。例えば、ホロコーストの記憶が普遍的な犠牲者意識のモデルとなり、他地域の歴史的記憶の解釈を書き換えるといった「記憶の脱領土化」と「もつれ合い」が生じている。
本共同研究ではこうした背景から、ドイツを中心とした欧州周辺諸国(越智)およびアジア(石井)における戦争の記憶が、グローバルな記憶の構成体の中でいかに相互影響関係を持ち、現在の記憶空間を形作ってきたかを検証する。単なる各国・各地域の記憶の比較にとどまらず、それらが国境を越えていかに共鳴、対立、あるいは連帯しているかを地域研究の枠組みを越えて通時的・共時的に議論し、大国間対立の時代における新たな「記憶の連帯」の可能性と、紛争回避への示唆を模索する。